やねうらストーリー

アメリカ留学中の女子大生の、頭の屋根裏にあるこぼれ話

米国留学生からみた大統領選挙

誰もが予期しなかった選挙から数日がたち、少しずつ生活も落ち着いてきて、トランプ氏が次期大統領になるということが現実味を帯び始めてきたので、考えている事を書こうと思います。

 

火曜日の夜はショックすぎて何がどうなっているんだ、という感じだったのですが、数日たった今、とにかく現実を解釈して、次どうするかを考えなくてはいけない、と思っています。

 

今回の選挙結果を受けてひしひしと感じたのは、まず、自分はよそ者なのだ、という事です。この三年間、すごくリベラルなキャンパスにいたこともあって、何となく自分は歓迎されているような、留学生ではあるけれど、アメリカという国の一員であるかのような、そんな気がしていました。実際にこのキャンパスでは多様性を非常に重視しているので、この三年間はとても居心地がよかったです。だからこそ、将来はアメリカで就職したい、ビザをとるのが厳しくても、なんて思っていたのです。

 

でもトランプ氏が選挙に勝ったのを見て、自分の見ていたアメリカがいかに狭かったかを思い知りました。私にとってアメリカは、東海岸のリベラルアーツカレッジのキャンパスのみだった、というのが嫌という程分かりました。実際、私はトランプ支持者を一人も知らなかったし、周りの人たちはだいたいが予備選ではサンダース氏、本戦ではクリントン氏を熱心に支持していました。フェイスブックやツイッターでトランプ支持者の書き込みを見ても、何だこの人たちは、何考えてるのかさっぱり分からん、といった感じで、彼らの住んでいるアメリカは本当に別世界のようでした。

 

大手メディアも、私の見ていた狭い世界の一部だったということが分かりました。私は毎日ニューヨークタイムズをチェックしていたのですが、11月7日、クリントン氏の勝率は84%になっていました。その日の朝刊を読むと、クリントン氏に関する記事は楽観的で、まるで勝利は当然かのように書いてあるのに対し、トランプ氏に焦点をあてた記事は一人寂しく、見込みのない戦いで消えてゆく敗者の最後の一日、といった雰囲気で書いてありました。それはもう当然クリントン氏が勝つに違いない、と思っていたのですが、8日の夜、勝率のグラフがどんどん様変わりしていくのをみて、世界がめちゃくちゃになっていくような感じがしました。

 

 

私が日本人なのにまるで自分のことのように選挙結果にショックを受けているのは、実際にこの選挙は自分のことだからです。トランプ氏は移民に対して怒りの矛先を向けて、メキシコ移民やムスリム教徒を追い出すことを公約(というか、口約束?)にして選挙に勝ちました。実際に私が欲しいと思っていた就労ビザや、グリーンカードのシステムも変える、と言っています。私が住みたいと思っていた国は、実は移民が歓迎されない国だった。彼が選挙に勝った事で、マイノリティに対して暴言を吐くことや、出身国と肌の色を理由に差別をすることが問題ではないかのような風潮ができてしまった。

 

今、トランプ支持者の人たちの書いた記事を出来るだけ読んで、彼らが何を思っているのか、知ろうとしています。よく見かけるのは、「私はトランプに票をいれたが、だからといって私が人種差別主義者なわけではないし、外国人が嫌いなわけではないし、女性の権利がどうなったっていいと思っている訳ではない。トランプ支持者だからといってラベルを貼らないでほしい。」というものです。でも私はその論理の理解に苦しみます。だって、彼は「メキシコ人の血が入っているから裁判で公正な判断が下せない」とか「カーン夫妻の妻はムスリム教徒だから発言する事を許されなかった」とか「スターだったら女になんだってできる」とか言ったのに。そんな人を大統領にするということは、そういうことを言ったりやったりしてもたいした問題はない、と考えているということと一緒なのでは?またよく見かけるのは、「彼は選挙中だったから勝つために適当なことを言ったけれど、実際に大統領になったらきちんと働いて、貿易や外交や税制を改革して私たちのために働いてくれる」という、彼の言葉と行動を自分に都合良く切り離す主張です。でもこれも論理的におかしいと思います。そもそも適当なことを言う候補だと思っているなら、何を信じて票を入れたんでしょうか?むしろ何もかもが適当なんだ、貿易も外交も、と思う方が妥当じゃありませんか?論理で説明できない票なら、いったいなぜ人はトランプ氏に投票したのか。

 

ここ数日で、なぜ彼が勝ったのかを分析したいろんな記事を読みました。エスタブリッシュメントにファック・ユーというためにトランプに票を入れた人が多かった、という分析や、何かしらの変化が欲しかった、という分析や、黒人の大統領への巻き返しだった、とか。色んな理由がからみあった勝利だったと思います。私としてはこの記事の分析が一番腑に落ちました。

 

jp.wsj.com

 

いったん政治や経済のコンテクストを越えて話を広げるとすれば、私が今回の選挙で学んだのは、結局のところ、人は他人でも国全体でも論理でもなく、自分にとって何が大事かを考えて票を入れるんだな、ということだと思います。政治や経済のプロではないので、本当に素人の未熟な考えになってしまいますが。

 

確かに、私が白人で富裕層だったら、アメリカに都合のよい政策を実行してほしいだろうし、その引き換えにマイノリティが多少差別されたって、自分が困る事は特にない、と本音では思うかもしれない。白人ばかりのコミュニティで育って、そんな中で移民が引っ越してきていい仕事につくのを見たら、追い出せと言いたくなるかもしれない。「女性だけどトランプに投票した」という人は、もし彼が大統領になって、例えば中絶を違法にしても、自分はそんなに迷惑を被らないと思ったんだろうと思います。それよりも私にとって大事なのは、経済の立て直しだ、と思ったのかもしれない。私がこんなにトランプ氏の勝利でショックを受けたのは、もちろん自分の現実認識が覆されたからというのもありますが、彼の言動が私個人にとてつもない被害をもたらすからというところも大きいです。でも私にとって大事だったことは、他の人にとっては必ずしもそんなに大事じゃなかった。私がアメリカのコアだと思っていたこと – 移民の国、多様性を重視し、誰でも夢を追いかける事が出来る自由の国 − は実際はアメリカ全体にとって一番大事なことではなかった。当然のように、アメリカは、日々生活し、不況に悩まされ、犯罪をニュースで目にし、家計簿をやりくりするので精一杯な人々が暮らす普通の国だった。理想ではなく、現実にもとづいて、人々は票を入れた。それがクリントン氏であれ、トランプ氏であれ。そんな当たり前のことを民主党と共和党の両方が見落としたことが今回のサプライズ選挙につながったのではないでしょうか。

 

アメリカを離れて考えてみれば、イギリスのBrexitやフランスでの極右政党の台頭など、世界的に反グローバリズムの波がやってきているような気がします。人がまず自分の利益不利益を重視するのなら(それは当然だと思います)、グローバリズムは多くの人々の利益を置き去りにしてきたのかもしれない。今、その不満の声が噴出しているのかもしれません。

 

多様性を重視しようという考え方は、昔から人間社会に当然のようにあった考え方ではなく、グローバリズムの波に合わせて出てきた時代特有の考え方だった、ということがここ数日でやっと見えてきました。アメリカで大学教育を受けたので、多様性の重視は当然のことかのように考えていましたが、そうじゃないですよね。就職の記事にも書きましたが、中世ヨーロッパの騎士が多様性を重視しよう、なんて言っていたとは思えないですよね。

 

もしもグローバリズムに逆流するような政治が主流になったとしたら、多様性を重視する風潮も消えてゆくのかもしれない。政策も、経済も、貿易も、自国優先が正義になるかもしれない。トランプ氏の勝利はその一部だった、そんな気がします。もし世界全体がそういう方向に向かっているとするならば、自分の利益を優先する個人として、私はどこの国で、何をすればいいんだろう。選挙の結果が出た今、これまでになかった危機感を持ってこれからの日々を過ごす事になると思います。